せせらぎのホームページについて:

 

 人の形成は、生まれた親族の環境、血筋、育った環境などによって決まりますが、ここで大きいのは、自分がどうなりたいのか、そして世の中がどうあってほしいのかという"祈り"(注:ここでいう"祈り"とは、キリスト教におけるそれだけでなく、心の深い所から出る湧泉のこと)ではないかと思っています。

 

 今21世紀が明けて、令和を迎え、多くのツールが発達しました。例えば動画をテレビ以外のインターネットで見れるなんてことはもっと後の時代になるかと私は思っていました。反面、情報のありがたさ、必要な"無駄"といった一見分かりにくいもの、合理化の中でも短絡的なものによって奪われてしまった、自然との共生、…。今という時代には多くのヒントが周りにあるのに、ややもするとそれを感じることなく過ごし、外界からの情報に惑わされてしまう…。私は、今だからこそ掘り起こせるものというものを、つかみたいのです。

 

 先に、大戦がありました。今、とりあえず平穏に生きていられるのは、生まれてきた時代がたまたまよかったからで、先祖たちの皆さんたちのおかげです。戦争体験者の中には、たまたま自分が生き残ったと言う人が多くいます。自分が生きていることを最大限に活かして、多くのことをやり遂げました。そして今という時代が困難ならば、単なる保身、移り気でなく、引き継いでよかったものを現代に取り入れることは大事なことなのではないでしょうか。

 

 自己紹介ということですが、4才ごろまで旧市街地に住んでいました。その後引っ越したのですが、もしも引っ越さないで自分がその場所に居続けたら自分はどうなっていただろう、と思うときがありました(今でも?)。自分が小さいころ描いていた世界を思い出します。市街の西側に位置し、いわば日出ずる場所に対して日の没する場所。夕暮どきの風景は美しくあります。街が川に囲まれています。(その校区の小学校の名を「月越」(つきごえ)と言うのですが、)月のように輝く存在、よどみも消えてしまいそうな川の流れ、そこに私は確かに生きていた。そこに一つの世界があり、そんな世界の中に流れ続けるものを表していきたい、自分の中に流れ続けるものを表していきたいという思いからこのホームページは生まれました。

 

 私がこれまで生きてきた中で、向かうべきものがなくなりそうな、心が空っぽに、空虚になりそうなであったが、それを克服するような、私や市井人を遥かに超える人たちの存在を知るというのが何回かありました。そういった語り継ぐ価値のある人たち、集まりの存在を、当ホームページで綴ることができたらなと思います。

 

[私がこれまで優れたホームページだと思ったもの] (例)

今でなければいつ?

予備校講師(英語)、松本誠一郎先生のブログ。元々は高校紹介の記事でヒットしたのだが、なかなか鋭い観点で書かれている。もっとすごいのは、日本などの歴史記事、経済記事。新聞やテレビで大きく報道されない情報を含め、多元的、公平な観点から鋭い批評を全方位的に展開。歴史記事、経済記事は全ての人に一読してほしいと思う。優れた予備校英語教師はこうでないといけないのかな。

橋本義武先生のホームページ(現:東京都市大学教授)

現代数学(特に幾何学など)から小学校の算数に関する内容まで、面白く書かれている。私もこのように、一つ一つ小粒でためになる内容を書きたいものだ。

 

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